退職理由として、健康上の理由を挙げる人は少なくありません*1。
自分の健康状態を良好に保つことは、仕事で良い成果を出すことはもちろん、長く仕事を続けていく上でとても大切なことです。
忙しくて病院に行く暇もないビジネスパーソンにとって、職場で年に一度実施される健康診断は、自分の健康をチェックするための大きなチャンスとも言えるでしょう。
では、その健康診断を効果的に活用する方法と注意点にはどのようなものがあるのでしょうか。
詳しく見ていきましょう。
1.健康診断についておさらい
健康診断というと「ただ何となく職場で言われるがまま受けるもの」というイメージがあるかもしれません。
実は、一口に健康診断といっても種類が色々あります。
うまく活用するためには、健康診断について詳しく知る必要があります。
まずは健康診断のあらましについて、簡単に説明します。
(1)健康診断の目的
健康診断の目的は、
「病気の発見、治療だけではなく、自分の身体をよく知ることや身体からの危険信号をキャッチすることで、生活習慣病(成人病)の予防や早期発見を行うこと*2」
にあります。
また、企業側から見た健康診断の目的は、
「常時使用する労働者について、その健康状態を把握し、労働時間の短縮、作業転換などの事後措置を行い、脳・心臓疾患の発症の防止、生活習慣病等の増悪防止を図ること*3」
となります。
(2)義務付けられている健康診断の種類
毎年受けているはずの健康診断は、適当に項目を決めているわけではありません。
企業にお勤めの方の場合には、労働安全衛生法第66条という法律に基づいて、必要な健康診断とその項目が決まっています*4。
企業が従業員の健康を守るために行うものですので、法律で定められた項目については企業が料金を負担します。
フリーランスの方向けには、メタボリックシンドロームに着目して国が実施している特定健診があります*5。
これは有料ですが、費用はお住まいの自治体や、健康保険によって異なります。
(3)健康診断と人間ドックの違い
健康診断は、基本的には職場で決められた項目しか受けられません。その代わり、個人の費用負担はありません。
職場によっては希望の検査を有料オプションで付けることができます(付加検診)。
それに対し人間ドックは、自分で好きな項目のチェックを詳しく受けることが可能です。その代わり、費用は全額自己負担となります。健康保険は使えません。
料金は病院によって異なりますが、数万円単位である事が多いです。それなりに高額ですが、職場によっては福利厚生の一環として、人間ドックの料金を補助してくれるところもあります。
人間ドックを受診される前に、費用の補助がないかご自身の職場に確認することをおすすめします。
(4)健康診断を受けないとどうなるの?
健康診断は、企業が従業員を守るために行う義務であると同時に、従業員側にも受診する義務が法律上定められています(労働安全衛生法第66条5項本文)*6。確たる理由もなく「面倒だから」などの理由で健康診断の受診を拒否し続けると、最悪の場合は懲戒処分を受ける事がありますのでご注意ください。
2.健康診断でわかること、わからないこと
健康診断の問診や産業医業務で時々聞かれるのが、
「健康診断を受けて問題ないと言われているから健康である」
「病気の可能性はない」
といった勘違いです。
あくまでも健康診断は、「異常な所見がないか?」というスクリーニングの役割を果たすものです。
残念ながら、健康診断は万能ではありません。健康診断でわかること、わからないことを知っておくことが、健康診断の結果を体調管理に活かすために重要となります。
(1)健康診断でわかること
健康診断でわかることはたくさんあります。ここでは、そのうちのいくつかを簡単に解説します。
・判定基準を見ると、現在の身体の状況がある程度わかる
健康診断の結果表には、アルファベットで判定区分が記されています。判定基準は業者によって異なりますが、一般的な判定区分を下に示します。
一般財団法人 日本予防医学協会 判定区分*7:リンク
ここで見ておきたいのが、「有所見健康」「要経過観察」「要再検査」などの判定です。
「要精密検査」「要医療」は病院を受診する必要があるもので、大抵は紹介状が一緒に同封されてきます。同封されてこなくても、健診結果を持参すれば問題ありません。
問題は「要経過観察」「要再検査」となった項目です。
いますぐ病院を受診するほどではないけど、検査値としては異常であるという意味です。コレステロールや肝機能、血圧などでこの項目に該当した事がある方も多いと思います。
これらの判定区分が出た場合には生活習慣を管理し、これ以上悪化させないようにすることが大切です。
・病気の可能性があること
健康診断は、定められた基準値を外れる異常な項目があるかどうかをチェックするものです。
異常値が出たからといって直ちに「重大な病気である」というわけではなく、あくまでも「病気の可能性がある」ということを意味します。
・身体の状態が悪くなっていないかどうか?
健康診断の結果が戻ってきたら、過去のデータと比べてみてください。昨年とはほとんど変わりなくても、例えば5年前のデータと比べると変化が見られる項目があるのではないでしょうか。
「血圧が高くなってきた」「体重や腹囲が増えてメタボになってきたかも」など、自分の身体の状態が悪くなってきていることが見て取れる事があります。
・健康診断でよくある項目の異常値とその意味。
一般的に健康診断で扱われる項目の基準値や、異常値が出た時の見方などは下のサイトを参考にしてみてください。
一般財団法人 日本予防医学協会 検査結果の見方*8:リンク
(2)健康診断ではわからないこと
うまく使うと非常に有用な健康診断ですが、身体の調子がすべてわかるわけではありません。健康診断ではわからないことについて知っておくと、健康診断に過度な期待をすることもありません。
・個々の病名
健康診断は、あくまで「健康かどうか」「異常な値がないか」を確認するスクリーニングです。健康診断の結果だけで診断できる病気はほとんどありません。病気を診断するのは病院の仕事です。
・検査項目以外の病気
「調子が悪いから健康診断で診てもらおう」という方がいますが、これはやめておいた方が無難です。当たり前ですが、項目に含まれていない病気を見つけることはできません。
見つかりやすいのは高血圧、脂質異常症、糖尿病などの生活習慣病、そして肝臓や腎臓の病気です。これらの病気は労災の原因となる脳血管疾患や心臓疾患に繋がりやすいために、ほとんどの健康診断でチェック項目に入っているのです。
見つかりにくいのは、肺がん以外のがんや神経疾患、膠原病など、生活習慣病とは関係のない病気です。
肺がんは胸部レントゲン写真から見つかることがありますが、それ以外のがんは見つかりにくいのです。
胃がんについては、付加健診で胃カメラを希望されるとある程度わかりますが、胃バリウム検査だけでは見つからないものもたくさんあります。
・メンタル系の病気
当然ですが、よほど状態が悪い場合を除いては、健康診断での短時間の問診ではメンタル系の病気の可能性まではわかりません。メンタル不調の兆しはストレスチェックを使って評価します。
3.健康診断の結果を自分の健康管理に活かす
ここまでは、健康診断のあらましについてご説明しました。ここからは、これらの情報を使って健康を管理する方法を伝授します。
(1)健康診断で受診勧奨があったら、素直に病院に行く
「要精密検査」「要精査」「要医療」と判定された項目があったら、それは病院に行って検査を受けましょうというサインです。自覚症状がなくても素直に病院に行きましょう。
本人が自覚していない病気を早く見つけて早く治療するのが健康診断の大きな役目です。
また、「要精密検査」「要精査」「要医療」の項目は職場でも把握しています。大抵の企業はこれらを見つけると、「労災を防ぐ」という産業保健の見地から、早く病院に行って検査結果を提出するように要求してくるはずです。
(2)「要経過観察」「要再検査」となった項目に注目する
「要精密検査」「要精査」「要医療」は、何となく恐ろしい感じがして注目する方が多いのですが、意外と無視されるのが「要経過観察」「要再検査」の項目です。これらの項目は病気の予備軍であり、生活習慣を改善しないと大きな病気の元になります。
例えば
・肝機能で毎年指摘を受ける方は、お酒の量を控える(1日ビール350ml缶1本程度)とともに休肝日を週2回以上作る。
・コレステロールで指摘を受ける方は、油っぽい食べ物や揚げ物を控える、夜遅い時間の食事を避ける。
・糖尿病の可能性を指摘された方は、甘いものを控える
・血圧が高めと言われた方は、塩分を控える
など、今すぐ簡単にできることを1年間続け、来年の健康診断で改善度合いを確認するのがお勧めです。
(3)健康診断の結果は取っておく
健康診断の結果は業者ごとに書式が異なります。また、ずっと同じ職場にいるなら問題ないのですが、職場が変わるとデータの引き継ぎがされないので、以前の結果がわからなくなります。
過去と比べることで意味を持つ所見もあるので、できれば健康診断の結果は取っておいた方がベターです。
3.まとめ
転職したい人も、今の職場で頑張りたい人も、健康を維持することは大切です。
せっかく受ける健康診断、上手に利用して元気に働ける身体づくりを目指しましょう。
*2 一般社団法人 日本総合健診医学会 1. はじめに
*3 厚生労働省 労働安全衛生法に基づく定期健康診断等のあり方に関する検討会
報告書(案) 1p
*4 厚生労働省 労働安全衛生法に基づく健康診断を実施しましょう~労働者の健康確保のために~
*5 厚生労働省 特定健診・特定保健指導について
*6 e-Gov 法令検索 労働安全衛生法
*7 一般財団法人 日本予防医学協会 判定区分
*8 一般財団法人 日本予防医学協会 検査結果の見方

プロフィール日本内科学会認定内科医、日本医師会認定産業医。働く人のココロとカラダの健康を守ります。