新型コロナウイルス感染症の拡大で、多くの学生が採用内定を取り消される事態が相次いでいます。
また、内定取り消しに至らなくても、入社時期が後ろ倒しにされ待機状態が続いているという内定者も少なくありません。
このような場合、自分たちでできる働きかけは何かないのでしょうか。
実は一方的な内定取り消しや入社時期の繰り下げなどは、法的に無効とされることがあります。
裁判例などを紹介します。
1.2020年の内定取り消しは2019年の5倍
厚生労働省は、2020年の春に卒業して就職する予定だったにもかかわらず内定を取り消された大学生・高校生の数は、8月末時点で全国で174人に登ったと公表しています。
9年ぶりの高い水準で、かつ内定取り消しの数は前の年の約5倍に当たるということです。
なお、全体の6割を占める104人がコロナの影響によるものでした。
しかしこれらはあくまで厚生労働省が把握している数字であり、「氷山の一角」である可能性は否定できません。
内定の取り消しは、内定者に大きな不利益を与えるものです。
その企業に入社するつもりで他の内定を全て断ってしまっていた場合は痛手です。
また入社時期の後ろ倒しも、賃金の未払い状態が続くと入社までの生活に困ってしまいます。
転居してしまった場合などはなおさらです。
この場合、法的な主張によって雇用上の地位を確保したり、内定取り消しなどによって生じた損害を賠償してもらうことが可能です。
内定取り消しや入社時期変更などが法的にどのように扱われるのか、過去の裁判例も含めてみていきましょう。
2.内定取り消しと関連法
採用内定の取り消しについては、以下のような指針や法律が関係します。*1
①事業主には回避の努力義務
事業主は、採用内定取消しを防止するため、最大限の経営努力を行う等あらゆる手段を講じることが求められる。(新規学校卒業者の採用に関する指針)
②内定取り消しは「解雇」にあたる
採用内定により労働契約が成立したと認められる場合には、採用内定取消しは解雇に当たり、労働契約法第16条の解雇権の濫用についての規定が適用される。
したがって、採用内定取消しについても、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、権利を濫用したものとして無効となる。
③理由について証明書を請求できる
採用内定により労働契約が成立したと認められる場合には、採用内定取消しには、労働基準法第20条、第22条等の規定が適用される。
このため、やむを得ない事情により採用内定取消しを行おうとする場合には、使用者は解雇予告等解雇手続を適正に行う必要があるとともに、採用内定者が採用内定取消しの理由について証明書を請求した場合には、遅滞なくこれを交付する必要がある。
④補償などへの対応
事業主は、採用内定取消しの対象となった学生・生徒の就職先の確保について最大限の努力を行うとともに、学生・生徒からの補償等の要求には誠意を持って対応することが求められる。(新規学校卒業者の採用に関する指針)
ポイントは②と③です。
内定通知が出され、学生がそれを受理した場合は、基本的にはその段階で労働契約が成立したものとみなされます。
すでに労働契約が結ばれているものを一方的に破棄する行為は法律上「解雇」とみなされますが、「解雇」はそう簡単に行えるものではありません。
単に経営が悪化した、というだけでは認められず、事前に労働者側との協議があったかどうか、他の手段を検討したかどうかなど厳しい条件があるのです。
3.内定取り消しをめぐる裁判のポイントは「労働契約の成立」
内定取り消しをめぐっては、これまでにいくつかの裁判事例があります。
最も良く知られているのは、最高裁まで争われた事件で、このようなものです。
(2) 最高裁は、解約権を留保した就労始期付労働契約の成立を認め、取消しは解約権の濫用に当るとした。
<引用:「確かめよう労働条件」厚生労働省>https://www.check-roudou.mhlw.go.jp/hanrei/saiyo/torikeshi.html
ポイントは2つです。
この内定者は、内定通知と同時に送られてきた誓約書を会社に期日通りに送っています。
この時点で、就労の有無に関わらず、労働契約は成立しているとみなされました。
また、就職を期待して他社への就職機会と可能性を放棄していることからも、この内定者の地位は保全されるべきという判断です。
なお、この裁判では会社側は、内定を取り消した理由を「内定者のグルーミー(陰気)な印象」と説明していますが、面接時など事前に知っていた事実であるとして認められませんでした。
一方、別の裁判では、選考の合格は伝えられたものの、正式な内定通知日は後から連絡すると言われており、また、その時点では他社への求職活動をやめるよう求められてはいなかったため、「内々定」の段階では労働契約は成立していない、とする判決も出されています*2。
また、会社として、内定式の際に誓約書や写真の提出を受けて内定通知書を交付することが慣例になっている企業の場合についても、内定式より前の段階では労働契約の成立は認められない、とした判決もあります*3。
誓約書の存在は大きいと言えるでしょう。ただ、当事者の言動によって判断されることもあります。
4.「経営悪化」を理由にした内定取り消しや入社時期繰り下げについて
経営悪化を理由に中途採用の内定を取り消された人が企業側を訴えたケースもあります。このようなものです。
(2) 東京地裁は、入社の辞退を勧告したのが2週間前であり、既に退社届も出し後戻りできない状態に置かれていたXに著しく過酷な結果を強いるものであり、客観的に合理的なものとはいえず、社会通念上相当と是認することはできないとして、採用内定の取消しを無効とした。
<引用:「確かめよう労働条件」厚生労働省>https://www.check-roudou.mhlw.go.jp/hanrei/saiyo/torikeshi.html
この裁判では、会社側は他の従業員に希望退職を募ったり、内定者に対しても一定の補償を申し出た上で内定を辞退するよう勧告していました。
この点は会社の回避努力として認定されており、内定の取り消し自体は合理的でやむを得ないと判断されています。
しかし、「対応の不誠実さ」を理由として、内定取り消しを無効とする判決を出しています。
というのは、入社の辞退勧告をした時期が入社日のわずか2週間前で、しかも内定者は既に10年間勤めた会社に対して退職届を提出しており、後戻りできない状況にあったという事実です。
そこでこの内定者は弁護士を同席させ、会社に対し再度検討を申し入れましたが受け入れられず、それどころか内定者に対して、採用取り消しの理由について内定者が納得のいく説明をしなかったことも指摘されています。
スカウトによる内定という経緯も考慮されます。
経営悪化を理由とする場合も、このように従業員の希望退職を募集している、また、この会社の場合は地方営業所の閉鎖にまで至っている事情があって初めて合理性が認められています。ただ単に「業績が悪化した」だけでは理由になりません。
また、入職時期の繰り下げについては、就職活動そのものが卒業年の4月入社を前提にしたものであったり、内定通知に4月入社が明記されている場合は、会社の都合で休業させていると解釈されます。
よって、企業には賃金あるいは休業手当の支払い義務が生じます。
5.納得のいかない内定取り消しや入社時期繰り下げをされた場合
新型コロナの影響で解雇や内定取り消しが急増していることを受けて、厚生労働省は現在専用の相談窓口を設置しています。
全国56か所の「新卒応援ハローワーク」が窓口です。入社繰り下げについても相談できます。
・新卒応援ハローワーク一覧:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000184061.html
また、トラブルの発生時は法テラスで解決方法の相談をすることが可能です。電話やメール、オンラインで利用できます。
・法テラス:https://www.houterasu.or.jp/
雇用情勢の悪化には、まだ終わりは見えていません。
不安定な経済状況は当面続くと考えられますので、自分の身を守るためにもこうした知識を身につけておくのは大切なことです。