
インターネット上では、
「履歴書のウソは絶対にバレない!」
「保険関係の手続きで、履歴書のウソがバレる!」
といった議論をよく見かけます。
内定ほしさに、履歴書の一部をちょっと盛ってみた――
転職活動で苦戦したとき、誰もが一度は考えそうな小細工です。
しかしこの行為、後々にどれほどの影響があるでしょうか。
「バレなければウソを書いてもいい」ということではありませんが、実際のところはどうなのか、興味をそそられる内容です。
筆者は社労士です。
士業の立場として先に断言しておきますが、履歴書にウソを記載することはリスクしかありません。
目先の内定のために、長い人生を棒に振るマネは絶対にやめましょう。
その上で、この「都市伝説」の真偽について、士業の立場からご説明していきます。
1.保険関係の手続きでバレる?
履歴書のウソがバレる理由として、
「年金手帳を会社に預けるので、そこから履歴を見られてバレる」
「雇用保険の手続きで、前職が分かるためバレる」
という内容を目にします。
これについては、ほぼ事実ではありません。
①年金手帳からばれる?
まず、年金手帳や年金番号から労働者の過去の履歴を見ることはできません。
そして年金手帳は、原則本人が保管することとされています*1。
ただし、利便性や紛失のリスクを考慮して勤務先で保管をする場合もありますが、あくまで例外です。
厚生年金保険法施行規則第十六条で、
「事業主は、第三条第一項又は第二項の規定によつて年金手帳の提出を受けたときは、当該年金手帳を確認した後、これを被保険者又は七十歳以上の使用される者に返付しなければならない。」
と規定されています。
つまり、勤務先は年金手帳(基礎年金番号)の確認をしたら、労働者へ返さなければなりません。
また、年金手帳を開くと、
「この年金手帳は、あなたが将来年金を受けるために必要となりますので、大切に保管してください」
という注意書きがあります。
基礎年金番号は重要な個人情報であるため、本人保管が原則であることを覚えておいてください。
勤務先が社会保険(健康保険・厚生年金保険)の取得手続きを行う際、これまでは労働者から年金手帳または基礎年金番号の提出をしてもらい、手続きを進めていました。
しかし、平成30年3月以降はマイナンバーでの申請が原則となり、基礎年金番号の記入は不要となりました*2。
そのため、今後は年金手帳の提出自体が不要になると予想されます。
そして最も重要なことですが、基礎年金番号やマイナンバーから、他人の年金加入記録を勝手に調べることはできません。
以上のことから、年金手帳や年金番号から履歴書のウソがバレることはありません。
ただし、2つ以上の事業所で社会保険(健康保険・厚生年金保険)に加入している場合は、勤務先へ何らかの確認や連絡があるかもしれません。
②雇用保険の取得手続きでバレる?
雇用保険の取得・喪失の記録は、「被保険者番号」によって管理されます。
被保険者番号は一人一人に振り出されるため、「雇用保険被保険者証」を提出してもらうことで番号確認ができます。
雇用保険は原則、一つの企業でしか加入できません。
ダブルワークをしており、両方の企業で加入要件を満たす場合は、
「生計を維持するに必要な主たる賃金を受ける雇用関係にある会社でのみ加入*3」
となります。
そのため、有給消化が終わる前に次の就職が決まった場合など、ハローワークから「取得日重複の確認」が勤務先に対して行われます。
しかし、これも雇用保険被保険者の「期間」に関するものなので、前職の企業名が勤務先に伝わることはありません。
ただし、雇用保険加入のための提出書類として、
・雇用保険被保険者資格喪失確認通知書(離職票-1)
・雇用保険被保険者離職票-2
これらの書類を提出した場合、前職の企業名や雇用保険の取得・喪失年月日、さらに喪失原因(離職理由)、給与額(離職票2のみ)が記載されているため、履歴書との齟齬があった場合はバレるでしょう。
なお、複数店舗を運営する企業の場合、本社と就業場所が異なることがあります。
たとえば複数のカフェを経営する法人などは、法人で雇用保険適用事業所の設置をすることで一括管理し、店舗ごとの事務手続きの負担を減らします。
この場合、離職票等に記載される企業名は法人名のため、労働者が働いていたカフェの名称は出てきません。
そのため、「前職が履歴書と異なる」と指摘されるケースも考えられますが、事情を説明すれば問題ありません。
社会保険(健康保険・厚生年金保険)、雇用保険に共通して言えることですが、
「加入要件を満たしているかどうか」
によって、保険加入の可否が決まります。
つまり、履歴書に記載した企業で実際に勤務していたが、保険関係の加入要件を満たしていなかったため未加入、という可能性もあるのです。
雇用保険は、
・1週間の所定労働時間が20時間以上であること
・31日以上の雇用見込みがあること
この条件に該当する場合、強制加入となります。
しかし前述したように、ダブルワーク等でメインの企業で雇用保険に加入している場合は、もう一つの企業では未加入となるため、履歴書記載の企業と雇用保険の資格喪失企業とが異なる場合があります。
また、労働契約ではなく業務委託契約を締結していた場合は、当然ながら雇用保険の加入はありません。
このように、雇用保険の喪失情報からだけでは確認できない事実もあるでしょう。
社会保険(健康保険・厚生年金保険)は、
・法人の代表者、役員、正社員等
・1週間の所定労働時間および1か月の所定労働日数が、同じ事業所で同様の業務に従事している正社員の4分の3以上のパートタイム労働者(アルバイト含む)
この要件を満たす場合に強制加入となります。
しかし、個人経営の飲食店など、一部の業種は適用事業所とならないため、その場合は個人で国民年金・国民健康保険に加入することになります。
非倫理的行為であること、不正行為であることは別の議論として、履歴書のウソが保険関係の手続きでバレるかどうかについて、
「雇用保険の資格喪失関係の書類を提出すれば、バレる可能性がある」
と言えるでしょう。
2.保険関係の手続きでバレなかったとしても
筆者の経験上、履歴書のウソがバレる最大の要因は「ヒト」です。
とくに同業他社への転職の場合、同じ業界であることから、転職者の話題は自ずと広がります。
前職の同僚が転職先の従業員とつながりがあり、
「あいつ元気でやってるかな?」
と、様子をうかがったことがきっかけで、本来知られるはずのない秘密が伝わってしまいました。
それが発端となり履歴書のウソがバレた結果、職場に居づらくなった当該転職者は、早々に退職してしまいました。
履歴書のウソがバレた結果、場合によっては不法行為に問われます。
有名な判例で、経歴詐称等を理由とする労働者に対する解雇・損害賠償請求が認められた「KPIソリューションズ事件(東京地判平27・6・2)」があります。
経歴詐称が詐欺に当たるかどうかについて、次のように判断されました。
「前述のとおり、原告は、自己の職歴、職業上の能力及び日本語の能力を詐称し、被告を欺罔して錯誤に陥らせ、本件雇用契約を締結させたものと認められる。」
「(中略)使用者は、個々の労働者の能力を適切に把握し、その適性等を勘案して労働力を適切に配置した上で、指揮命令等を通じて業務上の目標達成や労働者の能力向上を図るべき立場にある。」
「そうすると、労働者が、その労働力の評価に直接関わる事項や企業秩序の維持に関係する事項について必要かつ合理的な範囲で申告を求められ、あるいは確認をされたのに対し、事実と異なる申告をして採用された場合には、使用者は、当該労働者を懲戒したり解雇したりすることがあり得るし(後略)」
「労働者が、(中略)事実と異なる申告をするにとどまらず、より積極的に当該申告を前提に賃金の上乗せを求めたり何らかの支出を働きかけるなどした場合に、これが詐欺という違法な権利侵害として不法行為を構成するに至り、上乗せした賃金等が不法行為と相当因果関係のある損害になるものと解するのが相当である。」
要約すると、
「経歴詐称がそれだけをもって不法行為(詐欺)となり、損害をもたらしたとはいえない。
しかし、経歴詐称をしたうえで、積極的に賃金の上乗せを求めた場合などは、その部分の損害は詐欺によるものとする」
ということです。
裁判にまで発展してしまうと、もうその職場で働くことはできないでしょう。
さらにその後の転職で、リファレンスチェックなどからこの事件が先方に知られた場合、内定を手にすることは難しいでしょう。
目先の内定ほしさのために、履歴書にウソを書くことは絶対にやめましょう。
www.nenkin.go.jp/service/seidozenpan/20131107.files/0000003999.pdf
*2参考:日本年金機構/日本年金機構におけるマイナンバーへの対応(事業主のみなさまへ)
www.nenkin.go.jp/service/mynumber/1224.html#cms05
*3参考:厚生労働省/雇用保険制度Q&A事業主の皆様へ-Q6
www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000140565.html