役員と従業員、この2つの名称を聞いたとき、
「役員のほうが偉い」
「役員のほうが給料が高い」
「役員のほうがカッコよく聞こえる」
などと感じる人が多いのではないでしょうか。
昨今ベンチャー企業の場合、事業を安定化させるため、拡大させるためにヘッドハンティング(取引先の相手や知り合い伝手が主流)で自社に引き入れるケースが増えています。
役員と通常の従業員はどんな違いがあるのでしょうか。
また簡単に役員として入社し働く事は可能なのでしょうか。
今回は、社会保険労務士の浦辺さんに解説をしてもらいました。
1.どういう人が役員になるの?
役員は、会社の経営に携わり、組織における重要な意思決定に関与します。
そのため、役員としての任務を怠ったり、会社に損害を負わせたりした場合、責任を負う必要があります(会社法第423条第1,2,3項)。
このように会社にとって重要なポジションである役員は、一般的には給与も高額な場合が多いです。
この点では、一般的な「役員」のイメージと一致します。
では、新たな役員を追加するとき、どのような手順を踏むのでしょうか。
会社法第329条第1項では、株式会社の役員について次のように定めています。
「役員(取締役、会計参与及び監査役をいう。以下この節、第371条第4項及び第394条第3項において同じ。)及び会計監査人は、株主総会の決議によって選任する。」
つまり形式上、株主総会を開く必要があり、代表取締役以外に株主がいる場合、代表取締役一人の意見で新たな役員を追加することはできません。
また、最近よく見かける法人形態で「合同会社」があります。
ほかに「合名会社」「合資会社」があり、この3種類の会社の総称が「持分会社」です(会社法第575条第1項)。
そして、会社法第599条第1項では、
「業務を執行する社員は、持分会社を代表する。ただし、他に持分会社を代表する社員その他持分会社を代表する者を定めた場合は、この限りでない。」
と示しています。
合同会社は出資者全員が「役員」となります。
そして株式会社で言うところの「代表取締役」にあたる者は「代表社員」、その他役員を「業務執行役員」と呼びます。
名称に「社員」という文字はつきますが、いわゆる正社員、派遣社員といった従業員を指す言葉ではありません。
海外では有名企業も多い合同会社は「人的会社」とも呼ばれ、信頼できるパートナーらが集まり、出資することで会社を設立します。
主にこれらの立場の人を「役員」と呼び、従業員とは異なる扱い、異なる働き方をします。
※税法上、「みなし役員」と呼ばれる立場がありますが、範囲が広いため今回は割愛します。
では、転職活動中のあなたが
「役員としてウチの会社にきてほしい」
と声をかけられたとき、何を基準にその打診を検討すれば良いのでしょうか。
また、役員と従業員の違いはどのようなところにあるのでしょうか。
2.役員と従業員の違いをご存じでしょうか?
まず、その立場が法律上守られている従業員=労働者は、会社=使用者の指示に従って働きます。
労働者を守る法律である労働基準法によると、労働者は労働時間によって管理をされます。
労働基準法第32条では
「使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。」
「使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。」
と明記されています。
この労働時間が、労働者と役員の大きな違いといえます。
役員の場合、会社のために仕事をすることは当然であり、かつ、労働には当たらないため、時間の拘束はありません。
逆に言うと、一日24時間働こうが、1分しか働くまいが、得られる給与は変わりません。
飲食店など接客業を営む使用者の悩みとして、
「労働基準法による労働時間の制約が厳しく、労働者の人数を増やさなければ経営が厳しい」
という苦しい現実を耳にすることがあります。
使用者は苦肉の策として、時間的制約のない役員を迎え入れ、実際は労働者としての業務を遂行させるというブラック企業が後を絶ちません。
「役員」の響きにつられて承諾してしまうと、残業地獄が待っている可能性もあります。
3.保険関係からみる役員と労働者の違い
役員と労働者では、加入する「保険関係」に違いがあります。
労働者が仕事中にケガをした場合、労災保険の適用があります。
これは労働者が個々で加入する保険ではなく、使用者が当然に加入している保険で、労災指定病院を受診することで医療費の負担はありません。
もし、受診先が労災指定病院ではなかった場合でも、後ほど費用の請求ができるため、最終的には自己負担0円で治療が受けられます。
また、仕事中のケガなどでしばらく会社を休む場合も、その間、平均賃金の60%が保障されます(労働基準法第76条)。
しかし実際には、労災保険の社会復帰促進等事業から給付基礎日額の20%にあたる「休業特別支給金」が支給されるため、平均賃金の80%が保障されます(労働者災害補償保険法第29条第1項、労働者災害補償保険特別支給金支給規則第3条第1項)。
不幸にも障害が残ってしまった場合、障害に対する補償(労働基準法第77条)もあるため、労働者は安心して業務に従事することができます。
実際は、これらの義務は使用者にあり(労働基準法第75条)、使用者が労災保険に加入しているため労働者に適用されるという仕組みです
しかし、役員が業務中にケガをしても労災の適用はありません(特別加入を除く)。
さらに健康保険からも給付はありません(健康保険法第53条第2項)。
いずれも例外規定はありますが、原則として役員を守る法律は存在しません。
労災保険のほかに「雇用保険」の存在も忘れてはなりません。
雇用保険は、大きく分けて次の2つの機能を持つ制度です*1。
・労働者が失業してその所得の源泉を喪失した場合、労働者について雇用の継続が困難となる事由が生じた場合及び労働者が自ら職業に関する教育訓練を受けた場合及び労働者が子を養育するための休業をした場合に、生活及び雇用の安定並びに就職の促進のために失業等給付及び育児休業給付を支給
・失業の予防、雇用状態の是正及び雇用機会の増大、労働者の能力の開発及び向上その他労働者の福祉の増進を図るための二事業の実施
分かりやすい例では、失業中の求職者が受給できる「基本手当」や、育児休業中に受給できる「育児休業給付金」などが雇用保険制度の代表といえます。
このように雇用保険は労働者をサポートするための制度であり、役員は適用外です(一部例外あり)。
そして雇用保険の加入要件は、
①一週間の所定労働時間が20時間以上であること
②31日以上の雇用見込みがあること
この2点のみです。
役員の場合、役員を辞任し無職となった際に受け取れる雇用保険の給付はありません。
また、産前産後休業や育児休業を取得した際、その期間の職務を全うできない場合は、役員給与の減額または支給停止となる可能性があります*2。
そのため、役員であるがゆえに所得補償については不安定な部分があることを、覚えておかなければなりません。
4.役員の実態を確認することが重要
このように、役員は果たすべき責任が大きい分、給与は高額であると認識されています。
しかし、実態として役員ではなく、労働者と変わらぬ業務を遂行させられる場合があります。
つまり会社の成長のためではなく、労働基準法の適用から逃れるために役員の追加をする、という悪質な事例も見受けられます。
実際に被害者となった役員から、相談を受けたことがあります。
ブラック企業と呼ばれる組織では、
「残業代を払いたくないから」
「労働保険や雇用保険の保険料を払いたくないから」
という理由で、名ばかりの役員を採用しています。
役員としてスカウトされた本人も、「会社役員」という響きに魅せられ、つい承諾してしまったそうです。
しかしその後、想像以上の重い責任を押し付けられ、実質的に長時間労働を強いられました。
その会社の代表は、当該役員の友人でした。
友人だからと信頼して役員に就任したところ、待っていたのは悲劇でした。
体調を崩した当該役員は会社へ辞任を申し出ましたが、代表が違約金を請求したため辞任できず、精神的に追い詰められた当該役員は、うつ病を発症し入院してしました。
当該役員は、会社の未来の一端を担おうと奮起したにもかかわらず、最終的には仕事も健康も、そして友情も失う結果となりました。
今回、ここで紹介した内容や事例は、求職活動中の方への注意喚起です。
そのため、必ずしも「役員」という働き方が悪いのではありません。
役員の最大の特徴は「会社を経営する側にある」ということです。
「ウチの会社の役員にならない?」と言われたら、条件や内容を確認した上で正しい判断を下すようにしましょう。
https://www.hellowork.mhlw.go.jp/insurance/insurance_summary.html
*2参考:国税庁/役員給与に関するQ&A(Q5)
https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/hojin/qa.pdf