会社を変えて自分の力を試してみたいと、一度や二度は思ったことがある人もいるのではないでしょうか。
そんな折に勤めている会社から希望退職の募集を受けると、手を挙げようかどうかとつい考えてしまうかもしれません。
希望退職に応えて新たな仕事に就けるのはチャンスとも考えられる一方で、まだ転職先の見込みがないうちに退職するのは家計にとっては大きなリスクとなります。
退職を決断する前に退職金や貯蓄で対応できるかどうか、きちんと確認しておきましょう。
本記事では、次の仕事が決まらずに会社を辞めてしまう場合に起こる経済的なリスクについて、具体的な例とともに説明します。
1.会社を退職したあと、家計に起こる変化とは?
まずは退職してすぐに転職しない場合、どのような家計の変化が起こるか確認しておきましょう。
収入面では当然ながら、それまで定期的にもらっていた給料がなくなります。
退職後の主な収入に雇用保険からの「基本手当」がありますが、金額はそれまでの給与の50~80%程度と少なくなります。
なお、基本手当の日額には年齢ごとに上限が定められています。
たとえば30歳以上45歳未満の人は7,605円です(2020年8月1日現在)*1。
支出の変化も見逃せません。これまで給与天引きされていた税金や社会保険料などを自分で支払わなくてはいけないだけでなく、支払うべき金額が上がるのが通常です。
①住民税
会社員は毎月給与から住民税が天引きされています。
これを特別徴収といい、1年分の個人住民税(市民税・県民税)を6月から翌年5月までの12回に分けて納付することになっています。
会社を辞めた後は、まだ支払っていない分を普通徴収の方法(自分で払う方法)によって納付しなければなりません。
たとえば、2020年11月末日で会社を退職する場合、12月分から翌年5月までの分を自分で納付するようになります(11月分は給与から引かれている場合)*2。
なお、会社によっては支払っていない住民税の全部を給料や退職金から差し引き、市区町村に支払う一括徴収という方法をとってくれる場合もあります。
翌年6月以降も再就職してない場合には、その後の分も自分で払わなければなりません。
ちなみに住民税は前年度の収入をベースに計算されるため、退職前の収入(退職金を含む)に応じた税額となり住民税が高くなる可能性があります。
②国民年金保険料
会社員ではなくなれば加入する年金制度が厚生年金から国民年金に変わります。
次の仕事に就くまでは国民年金に加入することになり、国民年金保険料を払わなくてはなりません。
国民年金保険料の金額は収入に関係なく一定額が決まっており、1カ月当たり16,540円です(2020年度の額)*3。
配偶者を扶養している場合には、配偶者は国民年金第3号被保険者から第1号被保険者に変わります。
第1号被保険者に変われば配偶者も自分で保険料を払うことになります。
③(国民)健康保険料
健康保険はそれまでの会社の健康保険で任意継続するか、国民健康保険に加入するかを選択できます。
40歳以上の人は介護保険料も含まれます。
任意継続保険料:在職中は保険料を会社と折半し、自己負担分のみ給与天引きされていましたが、任意継続になると会社が負担してくれていた分も自己負担になります。
つまり、今までの2倍程度の負担となります。
国民健康保険料:保険料率や、国保加入世帯が一律で支払う「世帯割(平等割)」の金額などは自治体によって異なりますが、基本的に前年所得額と世帯の国保加入者数を元に保険料が算出されます。
扶養している家族数が多いほど保険料が高くなります。
2.モデルケースで家計へのインパクトをチェック
実際には在職中の収入や世帯構成などによっても異なりますが、仮のモデルケースで具体的にどれだけ家計負担が増えるか計算してみましょう。
【世帯構成】
夫38歳(会社員)、妻35歳(専業主婦)、子2人(16歳未満)
年収:480万円/給与30万円、賞与120万円(年間計)
東京都在住
(計算条件)
・住民税および国民健康保険料計算のもととなる前年所得も上記記載の額と同じとする。
・税額計算のもととなる所得控除は、給与所得控除、社会保険料控除、基礎控除、配偶者控除のみとする(2020年税制に基づき計算)。
・社会保険料を算出するもととなる報酬月額の計算には、残業代や交通費等の手当は含まないものとする。
・健康保険は協会けんぽ(東京都)に加入しているものとする。
・健康保険を任意継続する際の保険料を算出するもととなる報酬月額は在職中の場合と同じとする。
在職中 | 退職後 | |
住民税*4 | 16,350円 | 16,350円 (翌年5月まで) |
年金保険料*5 | 27,450円 | 33,080円 (16,540円*3×夫婦分) |
健康保険料*5 | 14,805円 | 任意継続の場合:29,610円国保の場合:25,881円*6 |
合計 | 58,605円 | 75,311円~79,040円 |
注1)住民税は東京都練馬区「特別区民税・都民税(住民税)税額シミュレーション」を用いて計算
注2)厚生年金保険料および健康保険料は協会けんぽ「令和2年9月分(10月納付分)からの健康保険・厚生年金保険の保険料額表」を参照
注3)国民年金保険料は日本年金機構「国民年金保険料」を参照
注4)国民年金保険料は練馬区「国民健康保険料計算シート(令和2年度)」を用いて計算
今回シミュレーションしたモデルケースの例では、退職後には住民税や年金・健康保険料として1カ月当たり7万5,000円~8万円近くの支出が必要ということになります。退職前と比べると2万円程度の増加です。
基本的に希望退職制度による退職では、雇用保険から基本手当は7日間の待機期間を過ぎればすぐに支給されますが、前述したように支給額は退職前の給与の50~80%程度です。
仮に前述上限額の7,605円が支給されるとしても、1カ月分(28日分)の収入は21万2,940円。ここから8万円を差し引くと、約13万円で生活しなければならなくなる計算です。
希望退職の募集に応える場合は、退職金規程で定められている退職事由や勤続年数に応じた本来の退職金額よりも多めに支給されるのが一般的です。
しかしそもそも、退職金は退職事由や勤続年数によって支給される金額はさまざまです。
転職先を見つけて次の職場で働くまでの期間が長くなればなるほど家計へのダメージは大きくなり、驚くほどあっという間に退職金がなくなってしまうことも考えられます。
3.退職してから次の仕事に就くまでの期間は?
すぐに次の仕事が見つかり就職できればいいですが、実際、なかなか転職先が見つからずに就職までに長い期間を要する人もいます。
厚生労働省の「転職者実態調査(2015年)」*4をもとに、これまでの転職経験者が前職退職から次の就職までにどの程度の期間を要したのかを示したのが下のグラフです。
ここでは30代~40代前半の人のデータを抜粋しています。
当データは退職前に転職活動をしていた人も含めているため、離職期間がない人や1カ月未満で次の勤め先に勤務している人も多くいます。
しかし、長い人では10カ月以上かかっている人も少なくないことがわかりますね。
就職や転職事情は業種や個々人のスキル、経済・社会の状況にもよるものです。
2015年時点と現在を比べて労働市場の状況が厳しくなったとは言い切れませんが、雇用環境の変化が著しい昨今、転職までに数カ月を要する可能性は認識しておいたほうがいいでしょう。
4.転職先の見込みがなければ、安易に退職しないこと
実はコロナ渦で希望退職を募る企業が増えているのをご存じでしょうか*7。
転職を希望している人には制度を上手く利用して多めの退職金をもらいつつ、他の会社に移れるチャンスとも考えられます。
しかし人員削減をする企業が増えている状況は、転職先候補が減っていると考えられなくもありません。
ここまで退職後に変わる家計負担を具体例とともに見てきましたが、失業期間が長引き、年度が変わると住民税や国民健康保険料の金額はドンと高くなる可能性もあります。
どちらも前年所得に基づき計算されるため、退職年に支給された退職金の額が翌年の住民税や国民健康保険料の算定額に反映されてしまうのです。
すぐに転職できるかどうかはあくまで業種や個人のスキルなどによりますが、お金がなくなり妥協して転職先を選ぶようになることは避けたいですね。
転職するなら、必ず退職前に次の会社を見つけてから決断することをおすすめします。
https://www.hellowork.mhlw.go.jp/insurance/insurance_basicbenefit.html#a3
*2:川崎市ホームページ「退職後の個人住民税の納め方について知りたい。」
https://www.city.kawasaki.jp/templates/faq/230/0000056663.html
*3:日本年金機構「国民年金保険料」
https://www.nenkin.go.jp/service/kokunen/hokenryo/20150313-02.html
*4:東京都練馬区「特別区民税・都民税(住民税)税額シミュレーション」
https://www.city.nerima.tokyo.jp/kurashi/index.html
*5:協会けんぽ「令和2年9月分(10月納付分)からの健康保険・厚生年金保険の保険料額表」
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/~/media/Files/shared/hokenryouritu/r2/ippan_3/r20913tokyo.pdf
*6:東京都練馬区「国民健康保険料の計算方法(令和2年度)」
https://www.city.nerima.tokyo.jp/kurashi/nenkinhoken/kokuminkenkohoken/hoken_hokenryo/keisan_hoho.html
*7:厚生労働省「転職者実態調査(2015年)/結果原表(個人調査)/第27表」
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/file-download?statInfId=000031979191&fileKind=0
*8:日本経済新聞「早期退職、1万人突破 新型コロナ下で急増 民間調べ(2020年9月15日付)」
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63867840V10C20A9TJ2000/